記事一覧

【山梨県立博物館】 三条夫人の人物紹介(信玄の妻)

三条夫人(さんじょう ふじん)1521〜1570京都の貴族三条家の出身で、天文5年(1536)に信玄の正室として迎えられ、3男2女の母となりました。義信の廃嫡、二男信親(龍宝)の失明、三男信之の早世、長女黄梅院の北条氏との政略結婚の破綻と病死など、子どもたちはみな幸せ薄く、元亀元年(1570)に50歳の波乱にとんだ生涯を終えています。...
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【山梨県立博物館】 大井夫人の人物紹介(信玄の母)

大井夫人(おおい ふじん)1497〜1552信玄の母で、大井の地(南アルプス市)に拠って、信虎と敵対していた大井信達の娘に当たり、信虎の甲斐国内統一を進める過程で、政略的な意味を持って嫁ぎました。戦国の雄・信玄、副将として武勇をはせた信繁、文化人としての性格をそなえた信廉と、三人の名将を育て上げ、戦国武田の産みの親ともいえます。...
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【山梨県立博物館】 武田信玄の人物紹介

武田信玄(たけだ しんげん)1521〜1573 幼名を太郎といい、16歳で元服し晴信と名乗り、39歳で出家してからは信玄となっています。戦国最強と謳われた騎馬軍団をまとめ上げ、5度に及ぶ川中島合戦や若き日の徳川家康に辛酸をなめさせた三方ヶ原の戦いなどを通じ、戦国大名として後々までも多くの人に慕われています。天下に覇をとなえるための西上作戦の途中で病に倒れ、今の長野県阿智村付近で53歳の生涯を閉じました。...
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